9 最終日。パリ観光

1997年3月ヨーロッパ小旅行9

本日がこのヨーロッパ小旅行の最終日。

かなりの強行軍だったので、体も少々疲れてきている。
ホテルをチェックアウトしてから、荷物を預かってもらい、いざ出発。
まだパリをほとんど観光していないのだ。

パリ市内観光

まず地下鉄でバスチーユ広場まで移動。そこからルーブルを経て、凱旋門まで歩くことにした。パリの街並みを堪能しようウォーキングツアーである。
セーヌ川を左手にのぞみながら、まずはのんびりとルーブル美術館を目指す。
ちなみに、このセーヌ河岸一帯は世界遺産に登録されており、どっちを向いても歴史的建造物だらけである。
30分ほどでルーブル美術館到着。
といっても、ルーブルの敷地の裏手に着いたにすぎず、ここからさらに5分ほど歩かねばならない。でかいぞ、ルーブル。

ルーブル美術館

建物の形はちょうどコの字型をしていて、その凹みの部分にガラス張りのピラミッドが建造されている。ここが入口だ。

パリ

さて、このガラス張りピラミッド。ダン・ブラウンがベストセラー小説「ダヴィンチ・コード」の中で、悪魔の数字である666枚のガラスが使われていると書いているが、これはもちろんダン・ブラウンお得意のはったりに過ぎない。実際は673枚のようだ。
ダン・ブラウンの小説は、あくまで小説であって、歴史書ではない。「歴史的事実である」と明記してあっても、それすら小説の一部なのだ。でも、そんなブラウンの小説はおもしろい。おもしろければいいのだ、小説は。

脱線したが、さっそくルーブルの中へ入ろう。
順番待ちを経て、まず荷物のX線検査。なかなか厳重である。

ピラミッドを降りたところでチケットを買う。
ここからさらに3つのエリアに分かれるが、とりあえず「モナ・リザ」を見に行くことにした。

ルーブルの内部は、もう圧巻の一言に尽きる。
元々宮殿だったので建物自体が豪華な上に、圧倒的なまでの絵画や彫刻品などの展示物の数々には、言葉すら出ない。

パリ パリ

サモトラケのニケ像
パリ

モナ・リザの展示場所はすぐにわかった。人だかりができている。

パリ

人混みをかき分け、目の前まで。
モナ・リザの微笑とご対面。

パリ

素朴な感想。
や、意外と小さいな。
でも、すごい。
絵のことは正直、良くわからないけど、ダヴィンチさんってやっぱり天才。

モナ・リザと同じ部屋の絵画もまた強烈。
ナポレオンを描いたものが多い。
それに、フランス革命の少女を描いた絵。
どれも教科書でおなじみだ。
でも、写真で見るのとは違い、そのあまりの巨大さに、まるで絵の中の世界へ吸い込まれそうな感覚を覚えずにはいられなかった。

パリ パリ

そのあとは、ミロのビーナス。
パリ

エジプトコーナー。
パリ

ぶらぶらしていると、とんでもないものを発見。
パリ

おそらく昔の吟遊詩人か何かの銅像なのだろうが、どこからどうみても、あの男にしか見えない。
そう、AC/DCのギタリスト、永遠のランドセル少年、アンガス・ヤングだ。

こんな人。

もはやCDのジャケットで銅像になってしまっている。

生ける伝説アンガス・ヤング。
いつか本当に美術館に銅像が展示されてもおかしくない世界遺産級の男である。

また話が脱線した。

閑話休題。
ざっとひと回りして、ルーブルから退散することにした。
とても一つ一つを吟味している余裕はない。美術愛好家なら、丸一日どころか一週間くらい泊まりこむ必要がありそうだ。それくらい圧倒的な規模と中身だった。

凱旋門へ

次いで、ルーブルから凱旋門を目指してさらに歩く。
コンコルド広場。エジプトから運んできた、というか、かっぱらってきたオベリスクがそびえ立っている。クレオパトラもびっくりだ。

パリ

おっと、遠くにエッフェル塔も見える。
パリ

シャンゼリゼ通りを歩きに歩き、ようやく凱旋門にたどり着いた。ルーブルから1時間くらいかかったことになる。さすがに疲れたので、まるで凱旋したような気分だった。

遠く戦地から徒歩や馬で帰って来た当時の兵士たちなら感慨もひとしおであったろう。
凱旋門の下には、無名兵士たちの墓がひっそりと置かれていた。火が灯され、献花が墓を包んでいる。勝利の下には、無数の無名兵士の屍が横たわっているのだ。

パリ パリ

とりあえず、パリ目抜き通り散策ツアー終了。

でも、集合時間まで少し時間があったので、オペラ座方面へさらに歩く。
この辺りには日系の百貨店が何軒も集中していて、買い物に便利だった。当然、日本人観光客も多かった。
今調べてみると、パリの日系百貨店はすべて撤退したようだ。ロンドンしかり、パリしかり、もう日本人旅行者には日系百貨店が必要とされなくなったのだろう。
時代は変わっていくものだ。
でも、そのうちにまた時代がひと回りして、戻ってくるかもしれない。

ホテルに戻るとちょうど集合時間。
バスに乗って、シャルル・ドゴール空港へ。
バスに乗り合わせた中国系旅行者が、「買い物で50万円使ったよ」と言っていた。
おそらく華僑の人なのだろうが、将来の中国人旅行者の姿を予見させるような言動だったと、今になって考える次第である。

帰路は偏西風の影響で、往路より短く約11時間のフライト。
日記には、「よく眠れたので、あっという間に日本に着いた。」と書いてある。
今では信じられない。11時間のフライトなど、地獄そのものなのに。
自分の肉体も変わるものである。

まとめ

これにて、某旅行会社主催「ユーロスターでドーバーを渡る ロンドン・パリ8日間の旅」ツアー終了。
個人的に勝手に付け足したベネルクス3国ツアーもプラスして、ヨーロッパ小旅行も無事に幕。
次回の旅行からは、飛行機、ホテル、移動手段など、すべて個人で手配するバックパッカースタイルで旅行することとなる。
その予行演習としては、ちょうどいい経験となった。

もし、これから初めて海外に行こうと計画している人がいたなら、この手のフリープラン・ツアーにまず参加してみるのもアリだと思う。
何から何から個人で手配する旅行やバックパッカースタイルが別にすぐれているわけではない。
今の自分に合ったやり方で旅行すればいいだけの話だ。
旅は自由なのだから。

(1997年3月ヨーロッパ小旅行記終了)

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