15 ブダペストのシナゴーグ見学

2012年8月 ドイツからトルコ横断15

ブダペスト2日目のはじまり。

まず、明日のブラショフ行き夜行寝台車の切符を確保しておこうとブダペスト駅へ。国際線窓口で希望を伝える。
二等寝台はすでに売り切れで一等のみとのこと。それも一等の上段ベッドしか空いていない。しかたあるまい。クレジットカードで支払う。とりあえず一安心。

観光へ向かう。
本日の目的地は大きく二つある。シナゴーグとゼンメルヴァイス博物館である。

ブダペスト・シナゴーグ

まず一つ目のシナゴーグへ。ここブダペストにはヨーロッパ最大規模のシナゴーグがあるのだ。
「ドハーニ街のシナゴーグ」。

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大シナゴークとも呼ばれるだけはあり、かなり大きい。
この辺りは昔からユダヤ人居住区となっていたようだ。シナゴーグのすぐ脇には、こんなレリーフが飾ってあった。

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ここにテオドール・ヘルツルの生まれた家があった。
ヘルツルはシオニズム運動(ユダヤ人国家再建運動)の創始者。近代ユダヤ史の最重要人物の一人だ。
ローマ帝国によってイスラエル王国を滅ぼされて以来、ユダヤ人は自分たちの国を持つことなく、ヨーロッパのみならず世界の各地へ離散し、2千年近く放浪を続けていた。19世紀後半、なおも迫害を受け続けるユダヤ人は今こそユダヤ人国家を再建すべきだと述べた。
だが、当時の国際社会はヘルツルの意見を受け入れることはなく、当のユダヤ人たちの中にも冷ややかな目線を送る者も多かったという。ヘルツルの運動が実を結ぶまでには、さらに50年の年月が必要だった。その間に、ユダヤ人は最大の悲劇を迎えることとなるのだが。

そういうわけで、ここは、イスラエルのみならず世界中のユダヤ人にとって大切な場所になる。
観光客や参拝客が多数集まっていた。チケットを買うにも15分ほど並んだ。
敷地内に入る際に空港のような荷物検査ゲートがあった。それほど厳重ではなかったが。
シナゴーグに入ると、まず係の人から小さな帽子を渡された。キッパと呼ばれるユダヤ教の礼拝帽子。単なる観光客でも男性には全員着用義務があるようだ。
言われたとおり、キッパを頭の上にちょこんと乗せて礼拝堂内部へ。

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クラコフなど他の街で見学したシナゴーグとは、かなり雰囲気が違う。まるでキリスト教の大聖堂を彷彿とさせる。
ここは改革派ユダヤ教のシナゴーグなので、こういう造りになっているらしい。とにかく巨大だ。
ちょうどガイド・ツアーが始まる時間のようで、各言語ごとに集合がかけられていた。これは無料。日本語は無し。
別にツアーに参加せずとも自由に見学できるので、一人で見歩くことにした。
しばらく礼拝堂をながめる。

ハンガリーユダヤ博物館

シナゴーグにはハンガリーユダヤ博物館が併設。
こちらにも入館。
ハンガリー・ユダヤ人の歴史やユダヤ教に関する展示が続く。

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一番奥にはユダヤ人迫害の歴史に関しての展示。それほど広いスペースではないが、心に迫ってくるものがある。

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すべてをあきらめきったかのような表情がたまらない。

シナゴーグの中庭へ。
ホロコーストで犠牲になった人々の名前が彫られたレリーフが並ぶ。

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独特のオブジェも飾ってある。

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ホロコースト記念碑が建ててあった。

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第二次世界大戦中にナチスによって殺された60万人のハンガリー系ユダヤ人、ならびにナチスの手からユダヤ人を救おうとしたブダペストの人々を記念して、とある。
本当に、NEVER AGAIN! だ。

(つづく)

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