11 ブロードストリートとジョン・スノウのポンプ

2010年9月 イギリス旅行記11

ジョン・スノウのポンプにまつわる歴史

お洒落なカーナビー・ストリートから歩いて数分のところにそのポンプはあった。
現在ではほとんど忘れられた存在だが、医学の歴史において特筆すべき重要性持っている。

ジョン・スノウ

19世紀ロンドンの実情

19世紀ヴィクトリア王朝大英帝国、栄華を誇るロンドン、世界の中心地ロンドン。だが、都市生活の内実はひどいものだった。

当時の家庭から出る排泄物の処理方法は、いたって簡単。
自宅の窓から外に投げ捨てる。
これだけである。
2階の住人は、もちろん2階の窓からポイ。
傾斜を利用して溝に流れ落ち、そのままテムズ川へ運ばれる。ゴミが詰まって排水が悪かったり、庭が斜面になっていなかったりしたら、そのまま糞尿が堆積されていくのだ。
おかげで、ロンドン中が異臭を放っていたという。

今から考えれば、想像を絶するが当時はそれが当たり前だった。
死体運びや、どぶ川さらいで金目のものを見つけるのが割のいい仕事になっていたりと、19世紀ロンドンの事情はとてもエキサイティング、いや相当むちゃくちゃだった。
そんな環境なので、病気が蔓延するのも当たり前。

時にコレラが流行ることもある。
1854年、ソーホー地区でコレラ禍が発生。
街中に患者があふれる事態となった。

ジョン・スノウの感染地図

麻酔医師であったジョン・スノウは、罹患者の出た家庭をまわって、地図を作っていった。
これがスノウによる人類初の「感染地図」となった。

ジョン・スノウ

1848年から49年にかけて、別の地区で起こったコレラ流行について研究していたスノウは、飲み水を媒介してコレラが広がっているのではないかとの仮説を立てていた。
当時の医学界では、病気は悪い空気によって引き起こされると信じられていた。いわゆる瘴気説というやつだ。顕微鏡技術の発達していない時代のこと、目に見えない病原菌によって病気になるなど、まったく顧みられなかったのだ。

ジョン・スノウは危険をかえりみず地道に調査を重ねて、感染地図を完成させた。
それによってたどり着いた結論は、「ブロード・ストリートにある飲み水用ポンプが感染源であるに違いない」というものだった。
そのポンプのすぐ近くにある家では、流行初期に罹患者が出ていた。その罹患者の糞尿は家族が窓から投げ捨てて、井戸に流れこんだ。井戸のポンプから汲み取った水を飲んだ人たちへと次々に感染が広がっていった。このようにスノウは推理したわけである。

幸いなことにジョン・スノウの意見は受け入れられ、感染源であったポンプは封鎖された。
ジョン・スノウによって、それ以上コレラが拡大することは防がれたのである。
これが、ブロード・ストリートとジョン・スノウのポンプにまつわる逸話。

ゼンメルヴァイスとジョン・スノウ

この手法は、現代の疫学とほとんど変わらない。
ただ、実際にコレラ菌が発見され、病原菌説が幅広く世の中に受け入れられたのは、その30年後、コッホの手によるものだった。1883年のことだ。
スノウはコレラ菌の発見を待たずして、1858年に亡くなっている。

これは、以前のハンガリー・ブダペストでの記事で取り上げた、ゼンメルヴァイスの話とかなり似かよっている。時代もほぼ同じ19世紀半ばだ。瘴気説に支配され、病原菌説など見向きもされなかった時代である。
詳しくは以下の記事を参照。

2012年8月 ドイツからトルコ横断16 ブダペスト・ゼンメルヴァイス医学歴史博物館

ゼンメルヴァイスの場合は、存命中にその功績が認められることなく失意のうちに亡くなった。

スノウはその後も地元の名士として、それなりの扱いを受けていたようだ。また英国の医師や公共衛生の役人からも、徐々に評価されていった。
ジョン・スノウは、ひたすら熱心に証拠を集め、冷静な論理によって結論を導き出した。まさに医学者、科学者のあるべき姿勢だ。
ゼンメルヴァイスが「院内感染予防の父」とするならば、スノウは「疫学の父」と言えようか。

ポンプの下には、レリーフが添えられているが、悲しいことに端っこが剥がれてしまっている。

ジョン・スノウ

また、このポンプはレプリカで、実際には道路の向かいにあったそうだ。

ポンプのすぐ近所には、「JOHN SNOW」の名を冠したパブがある。もっとも、スノウ自身は菜食主義者でアルコールも口にしなかったそうだが。

ジョン・スノウ

現在ブロード・ストリートはブロードウィック・ストリートと呼ばれている。
ブロードウィック・ストリートに滞在したのは、ほんの数分だったけれども、歴史の一端に触れられたような気分になった。
たぶんガイドブックには載ってないだろうが、こういう隠れたスポットを訪れるのも旅行の醍醐味だと思う。いい経験になった。

ジョン・スノウ関連参考図書

最初に読んだジョン・スノウの伝記。読み物として抜群に面白い。

数年後、別に出版されたもの。もちろん、こちらも読了済み。やっぱりおもしろい。

古代からの最低最悪な仕事について取り上げられているが、メインは19世紀前後のロンドン。次から次へと、凄まじい仕事の連続。内容は思いがユーモアあふれる筆致なので気軽に読める。おすすめ。

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