10.カトマンズからポカラへバス移動

ポカラへ出発

起床は早朝5時半。まだ外は薄暗い。
しばらくまどろんでから、荷づくりを済ませて、ガイドの到着を待つ。6時に迎えに来ると言っていたが、一向に来る気配がない。
一人でバス停まで歩いて行くことにした。

また寝坊か。ガイドとしては失格だろう。最後にチップでもあげようと考えていたけれど、これでは無理だな。
ツーリストバスの乗り場のあるカンティパトまでは、タメル地区から歩いて行ける距離。最初は場所がわかるのか不安だったが、ツーリストバスが10台以上並んでいて、心配は無用だった。さながら修学旅行のバス乗り場のような情景だ。
なんとか自分の乗るバスを探しあて、バックパックを屋根の上に乗せてから、席についた。
トレッキングの際に利用したローカルバスに比べれば、はるかに乗り心地はよさそうだ。

窓の外にいたバナナ売りの少年から、小さめのバナナを一房所望した。値段をきくと少年は「ごじゅう」と日本語で答える。100円くらい。ちょっと高いと思いつつ、面倒なので言い値で購入したのだが、代金を支払うのを見ていたネパール人がちょっと驚いたような顔をしていた。よっぽど高値だったのかもしれない。
朝食としてバナナを何本かかじっていると、ガイドがようやく姿を現した。バスに乗り込んでくる。もう間もなく出発の時間である。
このままポカラまでついてくるのだろうか。
こっちは一人で旅をしたいと言っているのに、この先どうするつもりなのか。

結局、ガイドが隣の席にすわったまま、バスは出発した。
道中、ガイドとはなるべく距離をとるような態度で接することにした。
バスは、市街地を抜けると、えんえんと狭い山道をひた走る。ローカルバスよりかは馬力があるようだが、エンジンがうなりをあげているわりには、スピードは出ていない。安いインド製バスなのだろう。

2時間ほど走ったところのドライブインで休憩タイム。
小さな食堂が2軒あるだけの小さなところ。
まだ9時半なので何も食べずに出発を待つ。朝からダルバートを腹いっぱい食べるのはつらい。

バスはその後も山道を走行。道路がさらに悪くなっていく。まあ、悪路といっていいだろう。道路整備がされていないのだ。
すると、突然、地面から金属の落下音がきこえた。バスは急停車。
何か車体から部品を落っことしたようだ。おいおい。
ドライバーがあわてて修理に向かうが、なかなか直らないようだ。

乗客たちは、あきれたようにバスの外に出て、ぶらぶら。すると、どこからともなくカゴをかついだ現地の女性たちが現れ、みかんを売り始めた。こんな山道のどこに潜んでいたのか、まったくわからん。
商売は大繁盛。暇な乗客たちがこぞって買っていた。

結局、バスの故障は直らず、後続のツーリストバスに分乗して、ポカラまで行くことになった。
まあ、これも旅行だ。ネパールまで来て、慌てることもあるまい。のんびり行こう。
バスが崖から転落する事故もちょこちょこ起きているようだし、それに比べれば大したことじゃない。

2回目のドライブインで、軽く昼食。パンとコーラ。これで35ルピー。70円ほどと安い。
その後、バスはノンストップでポカラまでひた走る。
何のトラブルもなくポカラに到着。時刻は午後3時頃だった。
約8時間のバス旅行となった。

ちなみにカトマンズからポカラまで飛行機なら30分だそうな。
旅情は味わえないが、飛行機のほうが早いし安全だろう。
ただし、あのミカン売りの女性たちに、空の上では会えない。

ポカラ到着

バスを降りると、ホテルの客引きたちが集団で待ち構えていた。
カトマンズの空港出口と同じ状況。
怖いくらいの勢いで取り囲まれ、もみくちゃにされる。

ええい、落ち着け、一人ずつ話を聞くから。

一人だけそれなりに達者な日本語を話す若い男がいて、彼について行くことにした。ホテルの従業員だか、オーナーらしい。
まずはホテルの部屋を見てから、泊まるか泊まらないかを決めると伝える。
ここでカトマンズからついてきたガイドと別れることにした。
どこか切なそうな表情のガイド氏。そんな目で見られても。
ほんの数瞬、視線を交わす。
ちょっとかわいそうな気もするが、別にこれ以上のガイドを頼んだわけではない。
ここでお別れだ。

客引きに連れられ、ホテルへ。場所は「ダムサイド」と呼ばれる、ツーリストエリア。ゲストハウスやレストランがたくさん建っている。日本食レストランまであるようだ。
シングルルーム、バス・トレイ付きで3ドル。合格だ。

チェックインの宿泊者名簿には日本人の名前ばかりだった。どうやら日本人宿らしい。
なるほど宿の中では日本語が飛び交っていた。どうりで従業員も日本語がうまくなるはずだ。
話によると、ネパールで行方不明になった娘を探しにやって来た父親も泊まっているらしい。
そういえば、カオサン通りのゲストハウスでも行方不明者の顔写真入り捜索依頼チラシが貼り付けてあった。
はたして自分の意思で失踪したのか、それとも事故や事件に巻き込まれたのか。
親御さんにしてみたら、たまったものではないだろう。
家族への連絡は欠かさぬよう、自分も気をつけよう。

この旅行中の1997年当時は、国際電話代もばかにならない額だったが、現在ではホテルの無料WIFIがあれば、パソコンやスマートフォンを使ってタダで日本に連絡が取れるようになった。隔世の感があるが、親が子を心配する気持ちはいつの時代も変わらない。

レイクサイド散策

部屋で一息ついてから、外出。日没まではまだ時間がある。
ホテルのあるダムサイドから、よりにぎやかだというレイクサイド方面へ散歩してみた。
晴れていたら見えるはずのアンナプルナの山々も、あいにくの曇り空なので雲に隠れてしまっていた。残念。

(参考写真)
アンナプルナ

静かなダムサイドに比べると、レイクサイドはかなり栄えている。というかレストランや土産物屋やゲストハウスが密集しており、かなりのにぎわい。

こちらが日本人とみると、「コンニチワ、コンニチワ」とうるさくてかなわない。
道端で露店をひらいているおばちゃんからは、「ブチュブチュコーカーン(物々交換)」と話しかけられる始末。一体、どこで覚えたものやら。それに、何と何を交換するのやら。

さらにすごいのは、童謡「どんぐりころころ」を歌い出す人もいて、もう何のことやら。バンコクではドラえもんの歌だったが、こちらではどんぐりころころか。誰か日本人が教えこんだな。どうせなら、もっと変な歌を教えればよかったのに。藤波辰巳の「マッチョ・ドラゴン」とか笑福亭鶴光の「うぐいす谷ミュージックホール」とか。

しばらくレイクサイドをぶらつき、そろそろ日も暮れてきたのでダムサイドへ戻る。
夕食は宿の近くのジャーマンベーカリーへ。ここは某ガイドブックにも掲載されている有名店。名前どおりパンがメインだが、食事メニューもある。
フライドチキンとポテトとコーラを注文。これで135ルピー、約270円。
味はいたって普通。しまった、パンも食べておけばよかった。

ホテルに戻ると、ロビーで日本人たちとオーナーが輪になって、日本語での会話に花を咲かせていた。
軽く挨拶だけして、部屋に入る。
歓談は夜遅くまで続いていた。
ロビーの近くに部屋だったので、かなりうるさい。
まあ、話が盛り上がるのも結構だが、もう少し他の客のことも考えてほしいものだ。
明日は宿を変えてみよう。

バスの長旅で疲れたので、今日も早めに就寝。
ポカラはカトマンズより暖かいので半そで短パン姿で床についたのだが、やはり夜中になると冷えこみ、トレーナーを着て眠ることになった。

明日もポカラ滞在。
のんびりするこにしよう。

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