3 バンドゥン(バンドン)へ。アジア・アフリカ会議博物館とジャランブラガ。

2012年3月インドネシア・ジャワ島横断3

起床。あまり気が進まないが、ホテルの食堂で朝食。相変わらずまずい。

早々にチェックアウトして、ガンビール駅へ。本日はバンドゥンを目指すのだ。
駅までは、ホテル前にたむろしていたバイクタクシーで。150円かかった。駅から来たときは100円だったのに。そう言ってもまけてくれなかった。残念。

ジャカルタからバンドゥンへの列車移動

ガンビール駅の窓口でバンドゥン行きのチケットを購入。多少並んでいたが、あっさりと購入できた。英語も通じる。簡単だった。
発車まで時間があるので、駅周辺をうろうろ。駅近くは公園として整備されていて、モナスと呼ばれる独立記念塔がそびえ立っていた。
さて、列車の時間。午前10時半出発のバンドゥン行き。エグゼクティブ・クラスで800円ほど。安い。席は広く、クーラーもきいている。快適な鉄道旅行だ。隣の席は欧米人だった。ちなみにこれより下のクラスはエアコン無しだそうだ。

バンドゥン到着

3時間ほどでバンドゥン到着。

バンドン

さてホテルでも探すかときょろきょろしていると、リキシャのおじさんに声を掛けられる。おお懐かしのリキシャだ。まだ健在であったか。
インドネシアでは、自転車付きのリキシャを「ベチャ」と呼ぶようだ。
めぼしをつけていたホテル名を告げると、ベチャおじさんはうなずいた。よし、ベチャに乗ってみよう。
こんな乗り物、昔インドで乗って以来だ。単なる自意識過剰なんだろうけど、周囲の人から丸見えなのでちょっと恥ずかしい。値段は忘れたが、たぶん100円。

無事ホテル到着。歩いても行ける距離だった。まあ記念ということで。
ホテルはシングル、エアコン、ホットシャワー付きで2000円ほど。部屋も意外と清潔だったのでここにする。というか他を探すのが面倒だ。

バンドゥン市内観光

荷物を置いて、街の散策へ。
ひたすら歩く。バンドゥンはそれなりに広い街だが観光スポットは駅から近いので、充分徒歩で移動可能だ。
街並みはきちんと整備されており、歩きやすい。通り名の標識が出ているので、迷うこともない。ちょっと気に入った。

とりあえず目的地は、ジャラン・アジアアフリカ。ここには第1回アジア・アフリカ会議(バンドン会議)が開かれた会場があるのだ。

道中で広場発見。
ここもお祭り気分。平和でよろしい。

バンドンバンドン

アジア・アフリカ会議博物館

しばらく歩くとアジアアフリカ会議場に到着。

バンドン

会議場は現在博物館となっており入場可能。しかも入場は無料。
さっそく入ってみる。閉館間近だったせいか、他に訪問者は見当たらなかった。若い女性係員が案内役をかって出てくれた。つきっきりでガイドしてくれる。ありがたい。
この女性、英語は流暢で問題なし。現在日本語も勉強中らしく少しだけ話せた。日本語には文字の種類が多いから覚えるのが大変だとも言っていた。

まずアジア・アフリカ会議の議場に案内される。コンサートホールのような大きな観客席があった。ここは写真OKとのことだった。他は禁止のようだ。

バンドン

展示スペースには、当時の写真や模型が展示してあった。周恩来やネールの人形がやけにリアル。
また会議の模様を伝える各国の新聞も展示。日本語の新聞も貼ってあり、係のお姉さんはカタカナ部分だけ読めるようだった。
会議場の歴史についての説明も受けた。元々はオランダ統治時代に建てられたものらしい。太平洋戦争中は日本軍がインドネシアを占領しており、この会議場も日本軍によって接収され、日本風の名前に改称されていたそうだ。具体的な名前は失念したが、○○会館という、いかにもありがちな名前だった。当時の写真も展示してあった。
うーむ日本人としては何か複雑だ。でも係のお姉さんはまるで気にしていない様子。そもそもアジアアフリカ会議に日本も招待されているわけで、それほど日本のことは悪く思われていないのかもしれない。実際の日本占領下の様子がどうだったかはわからないが。

アジアを旅行していると、思いがけず太平洋戦争中の史跡に出会うことがあり、つい歴史について考えさせられることがままある。これもその一つだ。

ジャラン・ブラガ

閉館間近だったので駆け足で見学は終了。もっとじっくり見学したかったが、お姉さんに促されるように退出。
そのあとはジャラン・ブラガへ。バンドゥンで一番の目抜き通りらしい。

バンドン

大きなショッピングモールがあったので、その中のフードコートで食事。鶏肉の鉄板焼きのような料理。220円。コーラが50円だった。

さらにジャラン・ブラガをうろうろ。

センターポイント。
バンドン

この辺りにはバーが多い。おそらく欧米人向けだろう。
あと、画廊がとても多かった。どうもアーティスが集まる通りらしい。
が、人通りは少なくかなり閑散としていた。夕方になってもあまり人は増えない。

ちょっと疲れてきたので宿に戻る。
ホテルはWIFIが使えなかった。チェックインの時にちゃんと確認しておくべきだった。

夜のバンドゥン

夜がどっぷり暮れてから、ホテル周辺を散策。
大通り沿いには屋台がたくさん並んでいた。どれもうまそう。インドネシア語の文字はアルファベットを使用しているので、とりあえず読むことはできる。タイやカンボジアとは違い、とっつき易い。まあ意味はわからないことに違いはないが。
ただ、ナシゴレンやミーゴレンはわかる。あとアヤムが鶏肉の意味なのでトリ料理なのもわかる。注文しやすくていい。
道路わきは駐車スペースになっていて、屋台やレストラン目当ての客が続々とやってくる。おじさんが空いているスペースに誘導して駐車。ドライバーはそのおじさんにお金を渡していた。その金が駐車料金なのか、単なるチップなのか不明。そもそも合法的な駐車場なのかも不明。そんな駐車おじさんがたくさんいて、自分の縄張りが決まっているようで、客の奪い合いをしていた。東南アジアならではの商売である。

夜のバンドゥン、大通りは特に治安の不安は感じなかった。だが、大通りから小さな路地がたくさん分かれており、その先はかなり危なそうな雰囲気。ちょっとのぞいて見ると、地元の飲み屋っぽい路地があった。目つきの悪い男が入り口に立っていたので、それ以上は入らなかったが。

ぶらぶらしてからホテルに戻り、休むことにした。

バンドゥン1日目終了。
明日の行動は未定。

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鉄道駅近辺かジャランブラガが便利。北部にはリゾートホテルが多い。
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